鹿児島地方裁判所 昭和27年(行)8号 判決
原告 小川季春 外四名
被告 鹿児島県知事
一、主 文
被告が昭和二十七年一月十九日指令二七水第六五号をもつて鹿児島県薩摩郡上甑村小島百三十九番地浦内漁業協同組合に対してなした定置第五六号漁業権の免許及び同日指令二七水第六六号をもつて原告等に対してなした定置第五六号漁業権免許の拒否の処分はいずれもこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、被告は北薩海区漁業調整委員会(以下単に委員会と略称する。)の意見をきゝ、昭和二十六年七月二十日鹿児島県告示第五三一号をもつて、定置第五六号漁業権(以下単に本件漁業権と略称する。)の免許の内容たるべき事項を定め、申請期間を昭和二十六年七月二十日から同月三十一日までとし、地元地区を薩摩郡里村及び上甑村浦内として同日付県公報をもつて公示したので、原告等は共同して昭和二十六年七月二十日に、申請代表者として原告小川季春を選定し、被告に対して適法な要件を具備した本件漁業権の免許申請をし、訴外浦内漁業協同組合(以下単に訴外組合と略称する。)及び訴外梶原景中もまた右申請期間内に各免許申請をしたので三者の競願となつた。しかしながら訴外組合は、水産業協同組合法第十七条第二項により、組合が漁業を自営するには、総組合員の三分の二以上の書面による同意を要しかつ同法第五十条第四号により、漁業権を得るには総会の特別決議を要するものであるところ、右申請に際しては、このいずれの点についても瑕疵ある外その他にも遺漏のあることが、申請期間満了後に明らかとなつたので、その申請は無効のものとして、申請資格を喪失したものであるから、被告は右期間内の有効な申請者たる原告等及び訴外梶原について、本件漁業権免許の許否を審議してその処分をなすべき義務を負担するに至つたものである。それにもかゝわらず被告はこれをしないで、右申請期間終了後約百四十日を経過した昭和二十六年十二月十九日に至り、委員会の意見をきいて、同日付鹿児島県告示第九三八号をもつて右申請期間を昭和二十六年七月二十日から昭和二十七年一月七日までと変更し、地元地区を全部削除する旨を公示し、訴外組合はこの申請期間の変更に基づき、昭和二十七年一月三日に本件漁業権の免許申請を新たに被告に対してなし、被告はこれを受理して原告等外一名の前記申請と併わせて委員会に諮問し、その意見をきいたうえで、同月十九日指令水二七第六五号をもつて訴外組合に対して本件漁業権を免許し、同日指令水二七第六六号をもつて原告等の、同第六七号をもつて訴外梶原の各申請を免許しない旨の処分をした。
しかし、右申請期間を変更し、地元地区を削除した被告の処分は明らかに違法である。すなわち被告が公示した本件漁業権の当初の免許申請期間は、その期間内に適法な申請者が一人でもあればその目的を達成して期間の満了とゝもに消滅すべきものであるところ、前記のように、右期間内に原告等外一名のした適式な申請が存在するので、右期間は当然にその終期たる昭和二十六年七月三十一日をもつて目的を達成して終了し、被告はその期間内の免許申請に対して漁業法の規定に従い審議判断のうえ、免許の許否を決すべき法律上の義務を負担するものであり、これが目的達成による満了後において、右期間を変更してその効果を遡及させようとしても、すでに目的を達成した後の変更は、何等の目的のない変更というべきものであつて、その効果を発生するに余地のない無効のものである。
しかるに被告は殊更に原告等を排除して訴外組合に免許を与えるための手段としてあえて違法な申請期間の変更をして同組合の新申請提出の機会を作つたものであつて、漁業法第十一条第二項に認められた裁量の限界を超えた明らかに違法な行為であり、かゝる期間内になされた訴外組合の前記申請もまた無効と解すべきである。更に被告は右期間変更と同時に本件漁業権の地元地区を全部削除したが、定置漁業権については、地元地区が漁場計画の一部として定められて、事前に存在しなければならぬことは、漁業法第十四条第二項から第四項まで、第十六条第五項から第十項までの規定によつて明らかであり、免許の適格性又は優先順位を決するために不可欠のもので定置漁業権存在の要件というべく、これを削除した被告の処分もまた漁業法違背として無効である。
それにもかゝわらず被告はかゝる違法な申請期間内になされた訴外組合の前記申請を有効として受理し、地元地区を定めないまゝにこれを原告等の申請と併わせて審議判断し、同組合に免許し、原告等外一名の申請を免許しない旨の処分をしたもので、これまた明らかに違法のものであつて、到底これが取消を免れない。
仮りに被告のした申請期間の変更並びに地元地区削除の処分が違法でないとしても、被告は本件漁業権を免許せられるべきものゝ優先順位の判断を誤り、違法に訴外組合に免許し原告等の免許を拒否したものである。本件漁業権について定められた漁場は、旧来一本松漁場と呼ばれ、原告小川季春は、先代が共有者代表として、明治三十六年慣行免許第四三号鮪大敷網免許を得て以来引き続き新漁業法制定に至るまで定置漁業に従事して本件漁場の開拓に当つてきたもので、本件漁場は海底急傾斜で風潮も急変し、これが経営には多年の経験と練熟した技術を要するものであり、原告等は右の経験に鑑み明らかにその経営能力において訴外組合に優越するばかりでなく、前記のように地元地区を全部削除された本件においては、同組合は漁業法第十六条第八項による地元地区漁業協同組合としての排他的優先順位を取得することはできず、他の競願者と同様に同法第十六条第一項から第五項までの定めによりその優先順位を判断されるべき筋合であり、同組合は昭和二十四年十一月十二日に設立され、昭和二十三年九月一日以前の定置漁業に従事した経験は皆無のものであるから、同条第二、第三項によつて明らかに原告等よりは劣位に立つから、原告等は同組合に優先して本件免許を受くべき権利を有している。それなのに被告は右の判断を誤り、前記のように訴外組合に免許し、原告等に免許しない処分をしたもので、明らかに漁業法の規定に違反して原告等の権利を違法に侵害したものである。
以上いずれの点からみても被告のした前記各処分は違法のものとしてこれを取消されるべきであると陳述し、被告の主張事実中原告の主張に反するものはすべて争うと述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告が原告等主張のように本件漁業権免許に関する内容を定め、かつ申請期間を昭和二十六年七月二十日から七月三十一日まで、地元地区を薩摩郡里村及び上甑村浦内として公示したこと、原告等と訴外組合及び訴外梶原景中の三者が右期間内に各免許申請をしたので三者の競願となつたこと、訴外組合が右申請に際し、水産業協同組合法第十七条第二項、第五十条第四号所定の手続に瑕疵があつたゝめその申請は無効のものであつたこと並びに昭和二十六年十二月十九日に至り右申請期間を昭和二十七年一月七日までと変更し、地元地区を全部削除したこと、原告等主張のように訴外組合が同年一月三日に新たに適式な申請をしたこと及び原告等の主張のようにそれぞれ本件漁業権免許、不免許の処分をしたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。
すなわち、被告は漁業法第十一条第二項によつて認められた右期間の変更により延長された申請期間内に訴外組合から適式な申請がなされたので、これと原告等外一名の申請と併せて免許の許否について委員会の意見をきゝ、漁業法の精神と、諸般の事情を勘案考慮のうえ、本件の処分をしたものである。しかして被告のした免許申請期間の変更は、漁業法第十一条第二項により被告の裁量事項に属するものであり被告は当初に公示した申請期間内の申請者中にその手続に不備のものがあつたのでこれを完成せしめるとゝもに、その期間を延長して広く出願者の機会均等を図ることを目的として右期間の変更をしたものであるし、また地元地区を削除したのは、定置漁業権についてはあらかじめ地元地区を定める必要はなく、たゞ申請が競願となり優先順位を決する際に、はじめてこれを必要となるものである。被告は本件においては、地元地区を削除して出願者の機会均等を図りその申請を受理したが、競願者があり地元地区を定める必要を生じたので委員会に諮問し、同委員会において昭和二十七年一月十四日に地元地区を薩摩郡上甑村浦内と定める旨を決議して被告に答申したので、被告はこれに基ずいて地元地区を同所と定めたものであるが、右訴外組合は薩摩郡上甑村大字小島、瀬上、桑之浦一円の漁民をもつて組織された組合で、本件漁業権の地元地区たる浦内地区(上甑村大字小島、瀬上、桑之浦三部落を総称して浦内という。)の全部を含む唯一の漁業協同組合であり、その組合員のうち、地元地区内に住所を有する漁民である者の属する世帯数は二百九十四世帯であり、従つて地元地区内に住所を有する漁民世帯数三百五十五世帯の七割以上を含む漁業協同組合に該当し、かつ同組合が本件漁業を営むについて常時従事する者は、すべてその組合員を使用するのであり、水産業協同組合法第十七条第二項に基づく漁業経営に関しては組合員の三分の二以上の書面による同意がありまた本件申請に際しては総会の特別決議を得ているので、結局同組合は漁業法第十六条第八項に基づき、原告等外一名より優先順位を有していたので、これに基づいて被告は同組合に優先免許を与えたものであつて、何等の違法もないから原告等の本訴請求は失当であると陳述した(立証省略)。
三、理 由
被告が原告等主張のように昭和二十六年七月二十日告示第五三一号をもつて本件漁業権免許の内容たるべき事項及び申請期間を昭和二十六年七月二十日から同月三十一日まで、地元地区を薩摩郡里村上甑村浦内と定めて県公報で公示し、原告等が同日付で被告に対して適式な免許申請をし、訴外浦内漁業協同組合と訴外梶原景中もまた右申請期間内に免許申請をして三者の競願となつたこと、訴外組合が右申請をするに際し水産業協同組合法第十七条第二項、第五十条第四号による総組合員の書面による同意及び総会の特別決議の手続に瑕疵があつたゝめ、右免許申請は無効であつたこと、被告が昭和二十六年十二月十九日告示第九三八号をもつて右申請期間を昭和二十七年一月七日までと変更し、地元地区を全部削除してこれを公示したこと、訴外組合が昭和二十七年一月三日に本件漁業権免許申請をし、被告はこれと前記原告等外一名の免許申請とを併せて北薩海区漁業調整委員会に対して免許についての意見を求め、その答申に基づいて昭和二十七年一月十九日指令二七水第五五号をもつて訴外組合に本件漁業権を免許し、同日指令二七水第五六号をもつて原告等の同第五七号をもつて訴外梶原の各申請を免許しない旨の処分をしたことは当事者間に争いのないところである。
そこでまず被告のした右免許申請期間の変更が適法であるかどうかについて判断するに、そもそも漁業法第十一条第一項第四項により都道府県知事が、漁業の免許について、漁業種類、漁場の位置及び区域漁業時期等免許の内容たるべき事項並びに免許申請期間をあらかじめ定めて公示する趣旨は、免許の対象となるべき漁場計画を作成して漁業権の内容を事前に明示するとゝもにこれが免許申請を受理する時間的限界を特定し、もつて広く漁業者に対して当該漁業権取得の機会を付与するとゝもに、他方その申請期間内に免許の申請をしない限り当該漁業権設定処分の利益を享受し得ないものであることを周知させるにあるものと解するのを相当とし、従つてこれ等の目的を達し、漁業法の所期する漁業権を設立するためには、必要に応じてこれ等の内容を変更し得るものであることもまた同条第二項の規定に照らして明らかである。
しかしながらこれ等の変更についても各その性質乃至は目的により自らその制限を受くるものであることもまたいうまでもないところであつて、これを申請期間の変更についてみると期間を特定する趣旨が前示の如くである以上当初に定めた期間が短かきに失するため、これを延長する必要がある場合、または当初に定めた期間内に適式な申請がなされなかつた場合その他期間変更を正当とする事由のない限り、当初に定めた期間を変更することは許されないものと解すべきである。けだし、右のように解しなければ申請期間を定めて公示する趣旨は全く没却されるに至るからである。
そこでこれを本件についてみると、被告は当初に定めて公示した申請期間たる昭和二十六年七月二十日から同月三十一日までの期間を、同年十二月十九日に至り、これを昭和二十七年一月七日までと変更公示したのであるが、右当初の申請期間内に原告等及び外一名が適式な免許申請をしていることもまた前示のとおりであるから、各当初の申請期間は終期の到来とゝもにその目的を達して終了したものといわなければならない。しかるに被告が単に出願者の機会均等を図るを目的としたとのみ弁疎し、他にこれが変更を正当として首肯するに足る事由の存在を主張立証しない本件においては、被告のした右期間の変更は期間終了後百四十日を経過した後において、正当の事由がないのに、すでに終了した期間について、単にその終期を変更するという形式によつてこれに期間変更の遡及効を与えようとしたものであり、明らかに漁業法第十一条第二項の変更権についての裁量の限界を超えた違法の処分であつて無効のものと断ぜざるを得ない。
されば被告は、訴外組合が前示のとおり昭和二十七年一月三日にした本件漁業権免許申請は適法な申請期間内に申請をしなかつた無効のものとして処置し、右申請期間内の適式な申請者たる原告等外一名の免許申請についてのみ漁業法所定事項を審議判断のうえ、これが免許の許否を決すべきであつたにもかゝわらずこれを誤り、訴外組合の無効な申請を有効なものとしてこれと原告等の申請とを併せ審議判定して同組合に免許し、原告等の免許を拒否した被告の処分は明らかに漁業法の前記法条の解釈を誤つたがために犯した違法の処分であり、これによつて原告等の権利を侵害したこともまた明らかであるから右処分は到底これが取消を免れないものというべきである。
よつて右の免許及び免許拒否の各処分の取消を求める原告等の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由があるからすべてこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森田直記 溝口節夫 滝田薫)